
第8回|ブレーキのはなし

25歳
座右の銘
「死して屍拾う者なし」

22歳
座右の銘
「犬も歩けば猫も歩く」

年齢不詳
座右の銘
「一円を笑う者は百円で大笑い」
じどうしゃのしくみ
|第8回|
ブレーキのはなし

「さあ、クルマにとって最も大切な機能について学んでいきましょう。ブレーキです」

「まあ、ある意味、動くこと以上にキチンと止まれることは重要だわね」

「ヘタすりゃ、死ぬからね」

「ヘタせんでも死にます。100㎞/h以上のスピードで走る1t近い質量の鉄塊、それが自動車です。まさに走る凶器。だから、そのメンテナンスにはプロの整備士による確かな知識と技術が必要なのです。ブレーキは法で定められた『重要保安部品』の代表です」

「自転車のブレーキと仕組みは違うんですか?」

「んにゃ、ぶっちゃけ基本原理は全く一緒。挟んで止める。ホイールの裏側にはタイヤと一緒に回転しているブレーキローターという円盤が隠れてるんですが、こいつをギュッと挟んで摩擦で止めてます」

「力ずくなんだね」

「そう、直接的で物理的。このローターに噛みつく装置をブレーキキャリパーといいます」


「キャリパーはローターの一部を常に咥えてる状態で、ブレーキペダルを踏むと中のピストンが動いてブレーキパッドという板を押し、ローターを両面から挟み込んで摩擦を与えるワケです。ピストンは油圧で作動します」


「油圧……。つまり、オイル?」

「ブレーキオイルと呼ぶこともありますが、正確にはオイルって「潤滑油」のことを指してまして、正しくはフルード(作動油)といいます。圧力を伝える役割の油脂ですね。さて、ここで質問です。『パスカルの原理』って覚えてますか? 中学か高校の理科で習ったはずですが」

「………。(死魚の目)」

「まあ多くの人は思い出したくもないだろうから、一応、簡単に説明すると。密封された容器内の液体の一部に圧力を加えると、その圧力が容器内の全ての部分に等しくかかるということ。容器の形状は関係ありません。隅々にまで均等に圧力がかかるのです」


「ああ…、なんか思い出したかも」

「全く思い出さんのだが」

「前からアホやアホや思ってたけど、ハッハーン、実はアホやな?」

「助走つけて殴ったろか、オッサン」


「Aのピストンの反対側に3倍の面積を持つピストンBがある。この時、Aのピストンを押し込むと、Bは3倍の力で押し出されます」

「Aがブレーキペダルを踏むと押されるピストンで、Bがブレーキパッドを押すピストンというわけね」

「そう。自動車のブレーキシステムはこのパスカルの原理を利用した『増幅作用』と、ブースターという機構を組み合わせて作られています」

「ブースター?」


「倍力装置。エンジンの吸入負圧を利用してペダルを踏む力をアシストする機械だよ。これらのおかげで、スゲー力で回ってるタイヤの回転を、か細い女性の脚力でも止められるわけ。『負圧』って概念は知ってるよな?」

「……。(無垢な瞳で首を傾げる)」

「あ~~~~~、もう。パックの牛乳をストローで吸い込むと、パックがクシャっと凹むのが負圧。東京ドームの風船天井を膨らましてんのが正圧。フツーの状態が大気圧。あ~~~~~、もうエエわ、解らんくても」

「だいぶメンドくさくなってきたな、このオッサン」

「ブレーキフルードにはポリエチレングリコールモノエーテルが主成分に使われています。低粘度で圧力による体積変化が少ないこと、簡単に凍結・沸騰しないこと等を条件に採用されています。が、実はこの液体、超要注意の劇薬です。素人さんが触れる機会はまず無いとは思いますが、くれぐれも扱いは慎重に」

「毒性が高いとか?」

「クルマの塗装を侵蝕するんです。コイツがぶっかけられた塗膜はカサブタのようにボコッボコになって剥がれ落ちます。10円パンチよりもよっぽどダメージがでかいです。悪用禁止」

「だったら書くなよ」

「吸湿性が高いので、蓋を開けたまま放置していると空気中の水分と反応して変質します。開封後は出来るだけ早めにお召し上がりください(※ブラックジョーク)」

「飲むかよ」

「でね。コイツもLLC同様、中に空気が入ってちゃいけないんですよ。ブレーキって摩擦だから、やっぱり熱くなるでしょ。フルードの中に気泡が混入してると熱で膨張する。そうなったら最後、ペダルをいくら踏んでも圧力がその気泡を圧し潰すことに費やされてしまい、肝心のキャリパ側ピストンに届かなくなるんですよ。もうブレーキ効きません。止まりません。人生詰みます」

「確かに、それは怖い」

「ブレーキは使えば使うほど熱が発生するので、長い下り坂ではあまりブレーキを多用しないように言われてるんです。この『べーパーロック』という現象と、摩擦熱によってブレーキパッドが変質してブレーキが利かなくなる『フェード』という現象は自動車学校でも習ったと思いますよ。どーせ、誰も覚えちゃいないでしょーけど」

「マイルドにケンカ売ってんなぁ」

「つまり、ブレーキフルードも車検などで交換した際には確実なエア抜きが必要になるワケです。最近のクルマなんかはコンピュータに診断機という機械を接続して電子制御でやったりもしますけど、昔は二人がかりで慎重にエア抜き作業やってたんですよ」

「二人要るの?」

「運転席でブレーキペダルをガシガシ踏んで配管内の気泡をキャリパ側に集める係と、キャリパ側に待機して裏のユニオンナットを締めたり緩めたりする係。お互い合図を送り合って、ナット緩めた時に漏れ出るフルードに泡が無くなるまで繰り返す。勿論、4輪全てです」

「結構、メンドくさいんだな」

「昔、休日に友人と2人でブレーキエア抜きやったんですが、ちょっとフザけて合図を『アッハ~ン』『ウッフ~ン』でやっていたために、それが漏れ聞こえてた周辺住民の間でホモ疑惑が浮上したとかしなかったとか」

「何やっとんねん!」

「さて、これで自動車の基本的な仕組みについては、大雑把だけど、一応、ひと通りは説明し終わったことになるかな?」

「わぁ!やっとですか!やっと終わりですか!長かった!嬉しい」

「あ、でもブレーキの話が出たついでに、次回はABSの話をオマケしちゃおうかな?」

「……ブッコロス」
(次回につづく)

							
							
							
							
							
							
							
							
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