
第4回|ラジエターとお水のはなし

25歳
そろそろ帰りたいと思っている

22歳
ずっと帰りたいと思っている

年齢不詳
こいつら絶対に分かってないと思っている
じどうしゃのしくみ
|第4回|
ラジエターとお水のはなし

「突然ですが、皆さんの体にはどこに毛が生えてますか?」

「セクハラで訴えます」

「覚悟しろ、このスケベじじい」

「真面目に聞いてんだがなぁ……。今回の話に関係するんだよ」

「今回って冷却装置の話じゃなかったっけ」

「そうだよ。これまでに話してきたようにエンジンは内部でスゲー勢いで爆発が起きてる。あっという間に熱くなる。急いで冷やさんと死んでしまう」

「それが毛と何の関係があるのよ、毛と」

「順を追って説明していこう。冷却水って言葉は聞いたことがあるでしょ」

「あるね。冷却水漏れでエンジンがオーバーヒートした~とか」

「それです。エンジンの本体は鋳鉄とかアルミから削り出して作られているんですが、シリンダの周囲を取り囲むようにウォータージャケットという水路が彫ってあって、そこをポンプで圧送された水が常に流れてるんですよ。それで熱くなったエンジンを冷やしてる。つまり水冷式です」

「ただの水じゃないよね?」

「エチレングリコール。整備関係者の間ではLLC(ロングライフクーラント)という名前で通っています。かき氷のイチゴシロップにも似た彩やかなピンク色で、ナメると実際甘かったりもしますが、フツーに有毒なので飲む場合は程々に」

「飲むかよ」

「冬に水道管が破裂するのは水が凍ると体積が増えるから。エンジン内に張り巡らされた水路で、それが起こったら非常にマズいので、冬でも凍らないLLCが使われます。だから冷却水は不凍液とも呼ばれてるんです」

「水道水で代用はアカンってことね」

「当然、冷却水もすぐ熱くなっちゃうよね。一部はエアコンユニットの方に回されて暖房に利用されます。その熱くなった冷却水を冷ますのがラジエターという機関です。ここでさっきの毛の話に戻りますが、」

「スケベじじい」

「エエから聞けい。人体において毛が生える場所は頭部、脇、鼻の穴、アゴ、脛などいろいろあるけど、その役割は何か?」

「鼻毛はフィルターだと聞いたことがあるな」

「そうね、吸気口での異物を漉し取るエアフィルター。埃っぽい環境に長く居ると鼻毛が伸びるのはそのため。眉や睫毛も目にゴミが入るのを防いでる。頭髪なんかはクッション(緩衝材)の役割もあるだろう。でも、毛の本来の役割はズバリ冷却です」

「え?そうなん?」

「熱を帯びやすいところに毛は生えるんですよ。特に脳ミソは人間のCPUだから熱暴走されたら困る。その表層に毛が密集して生えることで『空気に触れる表面積』を稼いでいるのです。ちょっと下品な例えかもしれないけど、キン〇マの皺も同じ理由で存在します。あれヒートシンクなんです。ホントです」


「確かにそこも冷やすべき場所だけど、ド直球に下品な例えだった……。あ、つまりラジエターも?」

「その通り。ラジエターの構造は実にシンプルで、熱い冷却水が入ってくるアッパータンクと出口があるロアタンクが何本もの細い管で繋がっていて、その隙間を薄いアルミ製のリボンがうねうねと張り巡らされてます。全ては限られたスペースで空気に触れる表面積を最大限に稼ぐため」


「そんなんで冷えるのかしら」

「まとまった量の熱水を冷ますのは容易じゃないけど、細い管で細分化された熱水なら一本一本は量が少ないから冷ましやすい。瞬間湯沸機と逆の原理だよ」

「なるほど」

「ラジエターは車の最前面、グリルと呼ばれる通風口の奥に設置されているので、走行中は真正面から風を受けます。その風がラジエターの隙間を吹き抜けて放熱を助ける。それでも間に合わねえっ!って時は、ラジエターの裏に取り付けられた扇風機を回して強制的に冷却します」


「貴方もそろそろ頭頂が寂しくなってきてるから、熱暴走に気を付けてくださいね、TACさん」

「まっっ、まだハゲとらん!」

「じゃ、薄毛予備軍」

「そういうリアルに精神にくるのはやめれ」

「エンジンで熱された冷却水がラジエターに来て、細く分かれて風を受けて冷まされ、またエンジンに戻っていくわけですね」

「ところがエンジンさんてば割とワガママな方で」

「?」

「エンジン始動直後はあまり冷やされても困るっつーか、むしろ、さっさと温まって欲しいんですよね。ほら、エンジンの時に少し話したけど混合気の霧化が悪くなるので」

「ああ、確かに言ってたかも」

「暖機って言葉もあるくらいで。だから冷却水がまだ冷えてる間は『水門』を閉じて冷却水がラジエターの方に回らないようにしてるんですよ。熱くなったら水門を開けてラジエターへの道を拓く。この水門を『サーモスタット』と言います。これの故障でラジエターへの道が閉ざされたままになると、冷却水が冷やされずに熱くなり過ぎちゃってオーバーヒートの原因となります」

「水周りは要注意ですね」

「もし出掛け先で水漏れてたらどーすんの?漏れがちょっとずつなら応急的にペットボトルの水を足せばいいよね?」

「短い距離を走るくらいなら致し方ないけど……、あまりオススメはできませんね。ガソリンやオイルのように足りなくなったらただ足せばいい、というもんでもなくて」

「というと?」

「エア抜きという作業が必要です。人間の血管、ラジエターの水路、そしていつか話しますがブレーキのライン……、これらは中に空気が入っていては危険なのですよ。隅々までミチミチに満たされてなければならない。最悪、死にますよ」

「死ぬの!?」

「エンジンがね。機構内は熱くなるからそこに空気が混入していれば当然膨張します。エア噛みと呼ばれる現象です。ガスケットが吹っ飛んでオーバーヒートでエンジンブロックも歪み、一発でオシャカなんて話もよく聞きますよ」

「あわわ」

「出掛け先で水漏れが発覚したとして、素人がラジエターに触るのは現実的ではありません。ラジエターが熱いうちに不用意にキャップ開けてしまえば、灼熱の甘い噴水を全身に浴びることになりますし、冷えてからラジエターに水を足したとしても、エア抜きはサーモスタットが開くまで暖機しながら出てくる水泡を監視し、冷却水の水位が下がったら充填して――を、完全に泡が出なくなるまで繰り返す大変面倒な作業です。車種によってやり方も変わってきます。すぐ自動車屋さんに駆け込んで適切な処置を受けてください。よくリザーバタンクに溢れるほど水を補充してる人いますけど、アレは温度上昇で噴き上がった冷却水を一時的に貯めとく予備タンクなんで意味無いっす」

「生兵法は大怪我の元ね」

「餅は餅屋。プロの整備士はそのために存在するんです。あ、ちなみにハイブリッド車にもエンジンがあるから、当然ラジエターとLLCが必要ですが、実はモーター側の心臓部であるインバーターにも別経路でLLCが流れてます。交換時は両方それぞれエア抜きが必要です」

「仕事の手間もハイブリッドかよ……」

「さて――、ラジエターの働きによって適温に保たれながら、安定した回転を続けるエンジンが完成しました。次からは、その生み出された動力が最初に伝わる機関、クラッチについて勉強していきましょう」

「げげ。これで終わりじゃなかったんかい」
(次回につづく)
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