
第9回|ブレーキのはなし【その2】

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じどうしゃのしくみ
|第9回|
ブレーキのはなし【その2】

「ブレーキの基本的な仕組みは大体分かったと思うんで、今回はABSについて勉強しようと思います。アンチロック・ブレーキ・システム」

「聞いたことあるよ―な、ないよーな」

「想像力を働かせて考えて欲しいんですが、もし道路がバシバシに凍結していたら、皆さん、いつもと同じ歩き方します?」

「そりゃ慎重に歩くでしょ。ゆっくりと」

「もっと具体的に。足の置き方とか、歩幅とか」

「歩幅はどうしても小刻みになるかな」

「足はできるだけ真上から垂直に下ろしたいですもんね。いつも通り大股で踵から踏み出したら、ツルーーーーって滑っておマタが裂けちゃう」


「全速力で走ってて、スピード乗ったまま突然凍った路面に入っちゃった時は、どう止まる? もしくはスキー場で踏み固められた雪の坂を歩いて降りている最中、後ろからボクがドンと背中を押したらどうする?」

「そっこーブッ飛ばす」

「ブッ飛ばす前の段階の話だっつに。まずは止まらなあかんでしょ」

「どちらの場合も足を踏ん張って止まろうとすれば、スッテーーンと転ぶよね」

「だからタトッ!タトッ!タトッ!ってなる。小刻みに歩を進めながら徐々にスピードを落とす感じ?」


「そう! それです。それがABSです。ハイ、説明終わり」

「ワケわからんわっ」

「急ブレーキで緊急回避をしたい時。もしくは凍結した路面でスピード落としたい時。実は一番やってはいけないことがブレーキのベタ踏みです」

「なんでよ」

「タイヤがロックしちゃうじゃん。特に凍結路面とタイヤでは摩擦がほぼゼロなんだから、ブレーキと同時にタイヤはピタッと止まっちゃう。そうなったら最後、車輌は制御を失います。止まるどころかスピンしながらツルーと明後日の方向に滑ってっちゃう。見たことあるでしょ」

「でも、ブレーキ踏まないわけにはいかないでしょーよ」

「自動車学校ではブレーキをベタ踏みではなく、ポンピング(小刻みに何度も踏む)せよと教えるよね。さっきのタトッ!タトッ!タトッ!だよ。君らでも転倒を避けるために反射的にやっちゃうアレだよ」

「でも、いざとなったら絶対パニックになって、ペダルを踏みっぱなしにすると思う」

「フツーはそう。だから急ブレーキ時だけ、自動的にそのオン/オフを高速でやってくれる装置がABSなんす」

「へぇ」

「スリップしやすい状態で制御を保つために必要なのは、結局、駆動力なんです。前に進もうとする力。それを完全に殺しちゃうからスリップする。だから、ペダル踏みっぱなしでもブレーキを小刻みにオンオフさせることで、駆動力を維持しながら速度を落とす。グリップが残るからハンドルだって切れる。ロックさせないブレーキ。それがアンチロックブレーキ」

「どういう仕組みなんですか」

「単純だよ。マスターシリンダとキャリパのレリーズシリンダを繋ぐパイプラインのどこかに、高速で開閉する扉を設ければいい。急ブレーキ時だけ作動するようにね」

「なるほど。フルードへの加圧がそこで断続を繰り返すワケね」

「細いブレーキパイプが何本も集中してるターミナルみたいな場所だから、エンジンルームを開ければすぐ見つかる。コレです。ABSアクチュエーターと呼ばれます」


「確かに分かりやすいわ」

「ABSの作動は顕著に体感できますよ。急ブレーキ踏んだ時、ペダルがゴゴゴゴゴと激しく振動するのが足裏に伝わってくる。なんせ秒間十数回はオンオフしてるからね」

「そんなに激しく作動してんだ」

「スピードセンサーやら油圧センサーやら、色んなセンサーからの信号を得て、『コレは急ブレーキだ!』と判断された時のみ、アクチュエーターへの作動命令が下るというわけ。あ、センサーという言葉が出てきたついでに、最近のクルマにも多く搭載されるようになった『自動ブレーキ』についてもちょっと触れとこうか」

「もうイイって!もう」

「最近のクルマはもうセンサーとコンピュータの塊です。車速やアクセル開度だけではなく、車間距離、重心の移動など様々な情報をカメラとか超音波を使って常に監視してる。各センサーから届く信号を総合的に分析し、クルマの状況と運転者の状況をリアルタイムで推理する。緊急時だと判断したら自動的にブレーキをかける。コンマ一秒の世界だよ」

「クルマの状況はともかくとして、運転者の状況なんてコンピュータがどう判断してるの」

「クルマが勢いよく走ってる → 前のクルマとの車間距離が短くなる → とりあえず一回警告を発する → ここで運転者がブレーキをかければOKだが、その気配がない → さらに車間が迫る → まだブレーキを踏まれない、なんならアクセルも踏みっぱなし → 再度、強めに警告 → 車間どんどん迫る → コンピュータが『あ~、居眠りしてやがるわ』と判断 → 独断で急ブレーキをかける。……まあ、こんな流れかな」

「確かに車間が迫ってるのに一向にスピード落ちる様子がないってことは、つまり、居眠りか脇見運転ってことだもんね。全部センサーからの情報で判断してるのね。なるほどなぁ」

「だから今のクルマは整備や鈑金作業でカメラやセンサーを一度でも外してしまうと、コンピュータの回路チェックで夥しい数のエラーを拾います。新品交換して組付けても簡単には警告灯が消えません。リセットするにはエイミングというかなりメンドくさい再調整作業が必要になります。コンマ一秒の判断をする重要な部品なので、僅かな取り付け角度の狂いが命取りになるからです。つまり、カスタムのために素人さんが自宅のガレージで気軽に愛車を分解してもいい時代は終わりました。プロに任せましょう。ALESSに持ち込みましょう」

「しれっとCM挟むな」

「便利になった分、修理にも余計な作業が増えたワケね……」

「最近のクルマは事故りにくくなったけど、代わりに事故った時の修理費も一気に跳ね上がったよね。工賃が増えた上に、何より精密機器化した部品代がバカ高い。ちゃんと任意保険には入っておきましょう。ALESSは保険の代理店もやってるよ」

「しれっとCM挟むな」

「まず言っときたいのは、自動運転も自動ブレーキも絶対に過信しちゃいけないってことです。あれはあくまでサポート! 万に一のヒューマンエラーをフォローして事故の確率を下げるためのものであり、確実に事故を防いでくれるものではない、という強い認識が必要です」

「まだまだ発展途上中の新機能ですもんね。全幅の信頼を置いてはいけないと」

「自動運転支援機能は『イザという時に運転者の意志とは関係なく作動するもの』である以上、誤作動は許されない。だから、作動条件と同じか、それ以上にあえて作動させない条件もたんと設定されてるんですよ。例えば誤発進防止システムとかあるじゃん?」

「ブレーキとアクセルを踏み間違えてコンビニに特攻するのを防ぐやつね」

「バンパーについてるセンサーの障害物検知が起動条件なんですが、これをいつ如何なる場合においても徹底させちゃうと、踏切に閉じ込められた時に慌ててアクセル踏んでバーを押そうにも、クルマが進んでくれないから線路上から脱出できずに人生詰むじゃん?」

「確かに」

「だから、この場合はゆっくりアクセル踏めば作動しないようになってる。作動条件を厳しく設定してるの。メーカーも責任負いたくないから、そのへんはしつこいくらいに公言してる。あとね、機械だからいつだって故障や不具合も起こりうるワケよ。カメラは人間の目と同じで逆光は苦手だし、雨や霧で視界が悪けりゃ当然、判断を見誤ることだって」



「決してアテにはせず、自分自身が意識をしっかり持って運転しなければいけないことは変わらないんですね」

「当然です。作動させない運転をすることが大前提。アレが毎回ピーピー警告出しまくる人は、ハッキリ申し上げて運転向いてませんよ」

「出会い頭の衝突にも対応できないよね、きっと」

「仮にこっちが急停止できたとして、相手のクルマが自動ブレーキ無しだったら、結局クラッシュ。後続車も追突なんてパターンも当然考えられるわな」

「ブツからないクルマは、必ずしもブツけられないクルマではない、ということね」

「あれ……?自動ブレーキって、あんま意味なくね?」

「全てのクルマが自動ブレーキ装備のものに置き換わるには、まだまだ果てしない時間が掛かります。ましてや自動運転なんて全国レベルでの道路舗装などのインフラ整備をも含む話になりますから、とーぶん先です。それまでは運転者は機械に頼らず、常に油断しない運転を心掛けていかねばなりません」

「全部自動になるまで、ワタシ、クルマの運転はいいや」

「うん、キミは運転すな。核ミサイル発射ボタンのすぐ近くにチンパンジーの子供を解き放つくらい危険だ」

「おい!」
(次回につづく)

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